かぐや姫はなぜ月へ帰ったのか。竹取物語のあらすじと、5人の求婚と帝との別れ
・つきしおり編集部
日本でいちばん古い物語
『竹取物語』は、平安時代のはじめごろに書かれたと言われる物語です。作者はわかっていません。紫式部の『源氏物語』の中で「物語の出で来はじめの祖(おや)」、つまり物語のはじまりと呼ばれていて、日本でいちばん古い物語として知られています。
光る竹から生まれた姫
竹を取って暮らしていたおじいさんが、ある日、根もとが光る竹を見つけます。中には、手のひらに乗るほどの小さな女の子がいました。おじいさんとおばあさんが大切に育てると、女の子は3か月ほどで美しい娘になり、「なよ竹のかぐや姫」と名づけられます。
かぐや姫のうわさは都に広まり、たくさんの男性が結婚を申しこみに来ました。
5人の貴公子への難題
最後まであきらめなかったのは、5人の貴公子でした。かぐや姫は、「わたしの見たいものを持ってきてくれた方と結婚します」と、それぞれに、この世にあるとは思えない品を頼みます。
- 石作皇子:仏さまの使った石の鉢
- 車持皇子:蓬莱の山にある、玉の実がなる枝
- 右大臣阿倍御主人:火に入れても燃えない、火鼠の皮衣
- 大納言大伴御行:龍の首にある、五色に光る玉
- 中納言石上麻呂足:燕が持つという子安貝
にせものを作らせた人、だまされた人、龍を探して嵐にあった人。5人とも、品を持ってくることはできませんでした。
帝との3年の手紙
やがて、かぐや姫のことは帝の耳にも入ります。帝は会いに行きますが、かぐや姫は宮仕えを断りました。それでも二人は、手紙や歌のやりとりを続けます。それが3年ほど続いたと書かれています。
なぜ月へ帰ったのか
ある年の春から、かぐや姫は月を見ては、もの思いにふけるようになりました。七月の満月のころにはひどく思いしずむようになり、八月の十五夜が近づくと、月を見て泣くようになりました。わけを聞かれたかぐや姫は、自分はこの国の人ではなく、月の都の人だと打ち明けました。八月十五日、十五夜の満月の夜に、迎えが来るのだと。
月の都の使いは、かぐや姫は月の都で罪をつくったので、しばらくのあいだ地上に下ろされていたのだ、と語ります。その罪をつぐなう時がおわったので、迎えに来たのでした。どんな罪だったのかは、物語には書かれていません。
帝は兵を出して家を守らせましたが、月からの使いが来ると、だれも体が動かなくなってしまいます。かぐや姫は、着ると地上での思いを忘れてしまうという天の羽衣を着る前に、帝への手紙と、不死の薬を残しました。
富士山の名の由来
かぐや姫のいない世で長く生きても意味がない。そう思った帝は、手紙と薬を、天にいちばん近い山の頂で燃やさせました。たくさんの兵士(士)を連れて登ったことから、その山は「ふじの山」と呼ばれるようになった、と物語は結ばれます。不死の薬を燃やした山なので「ふじ」、という説も知られています。
十五夜に満月を見上げると、かぐや姫が帰っていった夜を思い出す人もいるかもしれません。今年の十五夜の日は十五夜のページにまとめています。
しおりの子よりかぐや姫も、帰る前は毎晩月を見て泣いていたんだって。月を見ると、大切な人を思い出すのは昔から同じだね。
今日のねがいの言葉
わたしは、別れのときも、ありがとうを伝えられる人でいる。
このことばをつきしおりに書く書いたねがいを、毎日そばに
「つきしおり」は、新月にねがいを書き、満月に叶ったことを確かめる画面のある、紙の帳面のようなアプリです。書いた言葉は、朝と夜に一枚ずつ届きます。