月のよみもの

百人一首の月の恋の歌。待つ夜、別れの朝の月をよんだ5首

恋をすると、月を見ていた

百人一首には、月をよんだ歌が12首ほどあります。そのうちのいくつかは恋の歌です。電話もメッセージもなかった時代、恋人が来るのを待つ夜や、別れたあとの夜明けに、人は月を見上げて気持ちを歌にしていました。

ここでは、月が出てくる恋の歌を4首と、恋ではないけれど、人と会えた喜びと別れをよんだ1首を紹介します。

今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな(素性法師)

「すぐに行くよ」とあなたが言ったから、その言葉を信じて、九月(長月)の長い夜を待ちつづけたのに、夜明けの空に有明の月が出てくるまで待ってしまいました。

作者はお坊さんですが、恋人を待つ女性の気持ちになってよんだ歌です。「有明の月」は、夜が明けても空に残っている月のこと。一晩じゅう待っていたことが、この月ひとつで伝わります。何か月も待ちつづけた歌と読む説もあります。

有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし(壬生忠岑)

有明の月がそっけなく見えた、あの冷たい別れの朝から、夜明けほどつらいものはなくなりました。

会いに行ったのに、相手に冷たくされて帰った朝の歌と言われます。空に残る月までが、つれなく見えた。それ以来、夜明けが来るたびにその朝を思い出してしまう、という歌です。

やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな(赤染衛門)

来ないとわかっていたら、ためらわずに寝てしまえばよかった。あなたを待っているうちに夜がふけて、月が西の空にかたむくまで、見てしまいました。

来なかった人への、少しすねた気持ちがかわいらしい歌です。姉妹のために代わってよんだ歌と伝えられています。待っているあいだ、時間がたつのを月の動きで感じていたことがわかります。

嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな(西行法師)

月が「嘆け」と言って、わたしに物思いをさせるのだろうか。そうではないのに、月のせいにするようにして、涙がこぼれてくる。

本当の理由は恋のつらさなのに、月を見ていると涙が出るのを、月のせいにしてしまう。月を見て、ふとだれかを思い出して泣きたくなる夜は、今も昔も同じなのかもしれません。

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな(紫式部)

やっとめぐり会えたのに、本当にあの人だったのかとわからないうちに、雲に隠れてしまった夜中の月のように、あなたは帰ってしまいました。

こちらは恋の歌ではなく、幼なじみと久しぶりに会えたのに、すぐに別れてしまったさみしさをよんだ歌です。大切な人と過ごす時間の短さを、雲に隠れる月にたとえています。

歌の月を、今夜の空で

有明の月は、月の名前でいうと有明月のころ、夜明けの空に残る月です。歌に出てくる月の形を、カレンダーで探してみるのも楽しいですよ。

しおりの子より千年前の人も、同じ月を見て、同じようにせつなくなっていたんだね。

今日のねがいの言葉

わたしは、自分の気持ちをていねいに味わっている。

このことばをつきしおりに書く

書いたねがいを、毎日そばに

「つきしおり」は、新月にねがいを書き、満月に叶ったことを確かめる画面のある、紙の帳面のようなアプリです。書いた言葉は、朝と夜に一枚ずつ届きます。

アプリを見てみる